もしこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう 第10話 感想

なぜ無印良品のポップコーンは全部甘いのか。

今回は、もしこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう 第10話について。

割と強引な形でタイトルを回収した回。

あらすじ

WS劇場の支配人である浅野大門は、妻・フレが劇場の売上金を着服していたことを久部とリカに告発され、夫婦ともども劇場を追い出される。そして次期支配人に久部が着任する。
樹里はコップを両手で持ってビールを飲む。

感想

今日の樹里…久部にビールを注ごうとするが辞退される。
浜辺美波がボロ酔いしたりコップを両手で持つ様子を見れるのはこのドラマだけ。

開幕のシーン。小栗旬のラスボス感えぐいけど多分本筋に関わらないから急に湧いたボーナスキャラみたいな感じになってた。相変わらず「男が惚れる男」という雰囲気を出すのが上手い。

久部とリカが野望を語る場面がめっちゃ若々しく、でもこいつら俺より年上だよな、と思ったらなんか元気出てきた。(今まさに音を立てて若さを失い始めている年頃なもんで…)

六郎が芝居中に乱入して告白するシーン。なんであれ(結果的に)上手くいくねん。悪質ストーカーと紙一重というか、解釈によってはそれそのものな気がする。

「真っ直ぐな僕!」といった好青年風キャラを相手の事情ガン無視でひたすら押し売りし、「好意は好意として届くだろう」と信じ切ってそうな感じがサイコパスの新しい解釈を見せられているような気分だった。(ちなみに冗談の部分もあるだろうが、「僕らの時代」で三谷幸喜はコイツを「いらなかったね」と言っていた。)

主人公の久部が支配人夫婦を追い出したり、おばばに「悪い顔になった」と評されたりする場面。鎌倉殿の13人を彷彿とさせる闇落ち演出があったが、もう少しグラデーションが欲しかった。
連ドラの尺だと難しいだろうけど。

いよいよ来週、最終回。
最後に久部に立ちはだかるのは、三谷幸喜がモデルである蓬莱。
令和の今に届けられる、昭和の舞台。どんな着地をするか楽しみですね。

野間口徹って眼鏡外すと結構カッコいいよな。

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